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乳幼児突然死症候群とは赤ちゃんの突然死である。
死亡前の健康状態と既往歴からその死亡が予測できず、
しかも死亡状況調査と解剖検査によってもその原因が特定されない、
原則として1歳未満の赤ちゃんに起きた突然死を指す。
英名ではシズ(SIDS:Sudden Infant Death Syndrome)といい、
「ゆりかごの死」という意味でコット・デス(cot death)またはクリブ・デス(crib death)とも言われていたが、
ゆりかご以外の場所でも亡くなることがあるため現在ではこれらの呼称は使われなくなった。
また早期発見により呼吸が回復した症例や心肺停止後蘇生した症例は、
未然型乳幼児突然死症候群(abortive SIDS)
またはニアミスSIDS(near miss SIDS / near SIDS)と呼ばれていたが、
現在では乳幼児突然死症候群と区別して乳幼児突発性危急事態(ALTE)と再定義されている。
National Institute of Child Health and Human Development(NICHD)による乳幼児突然死症候群757症例の検討では、
ピークは生後2ヶ月~4ヶ月であり、88%は5.5ヵ月未満で発症し、1歳以上で発症したのは2%のみだった。1)
イギリスのORLS調査では自宅で死亡した症例は65%にとどまり、
22%は病院、5%はその他の住宅(友人、近隣、託児所)だった。
病院で死亡した症例に関しては瀕死の状態でかつぎこまれて死亡したということであって
病院でSIDSを発症したということではない。
ちなみにある乳児に至っては保健センターでの検診の最中に死亡している。2)
■国別SIDS発生頻度比較表3)
著者名 | 文献番号 | 国名(地方) | 調査年度 | 頻度 |
---|---|---|---|---|
Bain et al | 904 | スコットランド | 1979 | 1.7 |
1983 | 2.3 | |||
Henry et al | 818 | 米国(ノースカロライナ) | 1.98 | |
Arneil et al | 884 | スコットランド | 1981-82 | 2.7 |
Newman et al | 1017 | タスマニア | 1975-81 | 4.4 |
Wennergan et al | 1143 | スウェーデン | 1984-86 | 0.94 |
de Jonge et al | 1382 | オランダ | 1978 | 1.3 |
Irgens et al | 1368 | ノルウェー | 1967-84 | 2.34 |
Hassall | 1151 | ニュージーランド | 4.3 | |
Beeroft et al | 1376 | ニュージーランド | 11.5 マオリ族 | |
Lee et al | 1381 | 香港 | 0.3 | |
Copeland | 1466 | 米国(マイアミ) | 1979-83 | 1.16 |
Kahn et al | 1457 | ベルギー | 1987-88 | 1.72 |
田崎 他 | 1394 | 日本(佐賀県) | 1981-85 | 0.22 |
Melson et al | 1434 | 豪州 | 6.3 | |
Veelken et al | 1672 | ドイツ(ハンブルグ) | 1973-83 | 2.3 |
Ford et al | 1595 | ニュージーランド | 1981-85 | 6.8 |
Mitchell et al | 1663 | ニュージーランド | 4.0 | |
渡辺 他 | 4) | 日本(神奈川県) | 1990 | 0.34 |
加藤 他 | 5) | 日本(愛知県) | 1987-89 | 0.72 |
アメリカでは年間6000~7,000人がSIDSで死亡している。
SIDSは1986年度の65歳以下の死因の第7位に位置しており、4)65歳までの死因の実に12.4%をSIDSが占めている。5)
ニュージーランドでは1940年から1985年までの乳児死亡の年代的変遷を見る限り、
他の年齢層は明らかな減少傾向にあるのにSIDS好発年齢の1~5ヵ月の乳児死亡率に関しては減少していない。6)
■人種別SIDS発生頻度比較表7)
母親の人種 | 症例数 | 出生1000当りの発生率 | 95%信頼度 |
---|---|---|---|
日本人 | 33 | 1.5 | 1.0-2.1 |
中国人 | 62 | 1.3 | 1.0-1.7 |
フィリピン人 | 61 | 0.9 | 0.7-1.1 |
韓国人 | 15 | 1.1 | 0.6-1.8 |
ベトナム人 | 23 | 0.9 | 0.6-1.4 |
合計 | 194 | 1.1 | 0.9-1.3 |
人種的には同じアメリカインディアンであっても、
北西部に住むインディアンは4.6および白人は2.1であるのに対して南西部に住むインディアンは1.4および白人は1.6だった。8)
SIDSの診断には頭部を含む剖検を必須とする。
死亡状況調査と外表所見では全くわからなかった頭蓋内損傷が解剖により明らかとなった事例があるためである。9)
日本では医師のほとんどが死亡現場を見ておらず、
また死亡時の情報も十分に伝わっていないことが多いので正確な診断は期待出来ない。10)
法医学先進国のイギリスですらいまだにSIDSが肺炎、気管支炎、吐瀉物の吸引、
窒息などによる死亡として記録されることがしばしばあるという。11)
乳幼児突然死症候群の代表的な誤診例には乳幼児被虐待症候群、ミルク誤嚥、先天性異常がある。
乳幼児被虐待症候群 | 家族が子供を虐待して死に至らしめる症例。日本では稀だが欧米では珍しくない。外傷が見つからなかったり解剖によっても異常が認められない場合にはSIDSと誤診されてしまうことがある。 |
---|---|
ミルク誤嚥 | そもそも乳児がミルク誤嚥で死亡することはあり得ない。死体解剖時に気道にミルクがはいっていたという点からミルク誤嚥による窒息死と診断される症例が少なくないが、それは死後にミルクが気道内に入ったものと考えられる。新生児専門家である仁志田博司は25年間の診療経験上ミルク誤嚥で死亡した症例を経験していない。また50年におよぶ小児科医の経験のある日本小児科医会会長・内藤寿七郎にしてもそのような経験はないという。12) |
先天性異常 | SIDS様症状で発症する先天代謝異常症は脂肪代謝異常症、有機酸代謝異常症、糖新生系異常症に大別される。 13)有機酸・脂肪酸代謝異常の場合、病歴を詳しく聞くと先行感染や下痢があったり、数日前から元気がなかったなどというエピソードを持っていることが多い。この他厚生省SIDS研究班内分泌代謝班長の諏訪城三が、こども医療センターで診療した1970年から1977年までの内分泌疾患や先天性代謝異常の症例について検討し直した結果、先天性副腎皮質過形成、先天性甲状腺機能低下症、I-cell病、クレチン症などでは、生前に発見していなければ乳幼児突然死症候群になっていただろうと考えられた。14) |
かつて乳幼児突然死症候群は母親が子供を圧迫死させたものと考えられていた節があり、
それを考慮すると世界最古の乳幼児突然死症候群は旧約聖書に記されたソロモン王のくだりだと見なされている(I kings 3,19)。
「……And this woman’s son died in the night, because she lay on it」
(この女の子供は夜間に死亡した。それは彼女がその上にかぶさったからである)
同じように1892年にイギリスのTempleman医師によって報告された母親の乳房で窒息死した赤ちゃんの事例258件も、
現代の医学に照らし合わせて再検討してみると実際には乳幼児突然死症候群だったと考えられる。15)
ところで日本と欧米とでは乳幼児突然死症候群の認識に対して大きな開きがある。
欧米では「SIDSを知らない人はSIDSで亡くなった赤ちゃんだけだ」 と言われるほどだが、
日本では小児科医ですら「SIDSを一度も見たことがない」という人が珍しくない。16)
こうした現状について仁志田博司は「日本ではあまりSIDSについて情報を広めないほうがいいと言う人が多い」と説明しており、17)
事実戸苅創がテレビ局の記者に乳幼児突然死症候群について報道してもらうように掛け合った際には
「原因も予防法もわからない病気をニュースにしても世の母親をノイローゼにするだけ」ということで却下されたという。18)
日本で乳幼児突然死症候群という病名が広く知られるようになったのは横綱千代の富士の三女愛の発症がきっかけだった。
この件が新聞とテレビで報道されるや乳幼児突然死症候群の雑誌特集や医者たちの勉強会が頻繁に目にされるようになった。
とはいえ北海道で行われた意識調査を見る限り、
乳幼児突然死症候群という病名は広まっていてもその要因までは広まっていない。
生後1ヵ月児を持つ母親のうちリスクとして回答した要因はうつぶせ寝59.5%、喫煙59.8%、非母乳哺育14.0%だった。
さらに厚生労働省が執り行なっているSIDS対策強化月間については94.7%の母親が「知らない」と回答している。19)
1930年代 | アメリカにうつぶせ寝の習慣が導入される |
---|---|
1960年代 | 乳幼児突然死症候群に関する論文が盛んに発表され始める |
1963年 | 世界初となる乳児の原因不明の突然死についての国際会議(アメリカ・シアトル) |
1969年 | 第二回国際会議でSudden Infant Death Syndrome の名称が初めて採用される |
1970年代 | ヨーロッパにうつぶせ寝が急速に広まる |
1972年 | 死亡小票を集計した本邦初のSIDS全国調査 |
1973年 | 愛育病院が「乳児突然死」の名称でSIDSを含む乳児全体の突然死の研究を発表する |
1977年7月 | オーストラリアSIDS研究財団(SIDS Research Foundation)が設立される |
1978年 | 国際疾病分類第8版にSIDS(コード番号798・0)が登録される |
1980年 | ベビーホテルが急増する |
1980年秋 | 後の二代目厚生省SIDS班長となる坂上正道が後の三代目厚生省SIDS班長となる仁志田博司をSIDSの研究に勧誘する |
1981年 | 厚生省SIDS研究班(乳幼児突然死症候群(SIDS)に関する研究班)が発足する |
1985年10月18日 | 第1回SIDS家族の会国際ミューディング(ブリュッセル大学)がWHO後援のもとで開催される。 |
1987年05月12日 | 第2回SIDS家族の会国際ミューディング(イタリア・コモ湖):コモ湖勧告(Lake Como Recommendation)が採択される。国際SIDS家族の会(SIDS Family International(SIDSFI))の名称が正式に定められる。 |
1988年 | オランダの国家機関がうつぶせ寝禁止キャンペーン |
1989年07月07日 | 第1回国際SIDS家族の会(ロンドン) |
1990年夏 | 仁志田博司がブリュッセルのアンドレ・カーン教授を訪ねてSIDSの知識を深める。 |
1992年 | アメリカのAPPがあおむけ寝を勧告する |
1992年02月13日 | 第2回国際SIDS家族の会(シドニー):遺族以外の研究者などの参加も重要なことから国際SIDS連盟(SIDS International)に改名。コモ湖勧告が国際SIDS連盟勧告(SIDS International Recommendation, Sydney 1992)の名称で改訂。招待状を受けて仁志田博司と戸苅創が参加し日本SIDS家族の会結成の気運が高まる。 |
1992年6月02日 | 第一回家族の会発起人の会(京王プラザ中華料理店) |
1992年9月29日 | 日本SIDS家族の会のこれからの方針についての話し合い(東京女子医科大学会議室) |
1993年 | 日本SIDS家族の会が発足する |
1993年 | 日本SIDS家族の会が国際SIDS連盟に加盟 |
1993年2月22日 | 第1回SIDSオープンフォーラム(東京女子医科大学弥生記念講堂) |
1993年4月3日 | 第1回SIDS家族の会ミーティング(東京女子医科大学南別館第一会議室) |
1993年5月24日 | TBSテレビ『ビッグモーニング』で日本SIDS家族の会の募金運動キャンペーン |
1994年2月 | 第1回日本乳幼児突然死症候群研究会(東京女子医大弥生記念講堂) |
1994年2月 | 日本SIDS家族会の第1号ニュースレター |
1994年11月20日 | 第1回日本SIDS家族の会総会(東京女子医科大学会議室) |
1995年 | 日本SIDS学会が発足する |
1996年 | 日本でSIDS防止キャンペーンが実施される |
1999年3月 | 「SIDS診断の法医病理学的原則に関する提言」 |
2001年 | 日本SIDS学会が『乳幼児突然死症例・診断の手引き』を作成する |
2005年10月 | APPがおしゃぶりの使用と添い寝の禁止を勧告する |
2006年 | 日本SIDS学会が『乳幼児突然死症例・診断の手引き改訂2版』を作成する |