乳幼児突然死症候群WIKI

絶対的完成度を目指す神WIKI乳幼児突然死症候群編

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芸能人

乳幼児突然死症候群で実子を亡くした芸能人には千代の富士、板尾創路、yukiの三名がいる。

千代の富士

第58代横綱。国民栄誉賞受賞。本名秋元貢。

1989年6月12日の夜に三女愛が生後三ヵ月半にして突然死する。
リビングのソファから落ちていたことから当初は転落死と一斉報道されたが、
東京都監察医務院部長・乾道夫の剖検により乳幼児突然死症候群との診断が下った。

1日1回は必ず家に電話を入れる、暇さえあれば一緒に遊ぶというマイホーム横綱の異名を持つ千代の富士は、
出棺の折、報道陣を前にしてマイクを握り締めたまま慟哭した。

その後「頑張ることが一番の供養だから」と語る千代の富士は翌々週から稽古を再開し、
同年7月2日の大相撲名古屋場所の決勝戦で横綱北勝海を上手投げで破り、不可能と言われた28回目の優勝を果した。

そして愛ちゃんの死がきっかけとなってテレビ、新聞、女性週刊誌、育児雑誌が特集を組むようになり、
また講演会や勉強会が各地で開かれるようにもなり、乳幼児突然死症候群という病名が全国的に広まった。1)

板尾創路

1963年生誕。芸人(130R)、俳優(YTV・NTV系列ドラマ『木下部長とボク』主演)、映画監督(『板尾創路の脱獄王』)。

2009年8月の夜に嫁の実家に外泊中だった1歳10ヵ月の長女英美(愛称ピッピ)が乳幼児突然死症候群で他界した。

我が子を乳幼児突然死症候群で亡くしたことについては、
2013年8月25日に日本テレビ系チャリティー番組「24時間テレビ36 愛は地球を救う」の場でカミングアウトしており、
様々な困難に見舞われながらも強く生きる「ニッポンの家族」を紹介するコーナーにおいて、
幸せの絶頂だった2007年の誕生から2009年の他界までをVTRで振り返り、
前に進むことのできない喪失感に襲われながらも時が少しずつ夫婦の悲しみを癒していく姿が明かされた。

そして最後に2012年6月に誕生した次女が家族の幸せと家族がそばにいる尊さを教えてくれたと語った。

yuki

女性歌手。元ジュディマリ(ジュディー&マリー)のボーカリスト。本名倉持有希(1972年2月17日)。
夫は真心ブラザーズのボーカルであるYO-KING(本名倉持陽一)。

2005年3月17日の朝に1歳11ヵ月になる長男が乳幼児突然死症候群により自宅で死亡した。
精神的ショックが大きかったことから一時は活動休止も危ぶまれたがファンの暖かい声援に支えられて復帰した。

その後yukiは2006年と2009年にそれぞれ男児を無事出産している。2)

1) 阿部寿美代『ゆりかごの死――乳幼児突然死症候群〔SIDS〕の光と影』P.7-14_18-19
geinoujin.txt · 最終更新: 2015/10/20 20:09 by kamiwiki