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尿酸塩結晶

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尿酸塩結晶は尿酸と塩の結合体である。形は針状。大きさは長さ5~50μm、幅0.5~7μm、厚さ0.1~3μm。
マクロファージの働きによって関節に堆積されることがわかっている。1)
正式名称は尿酸ナトリウム1水和物(monosodiu urate monohydrate : MSU)。

痛風は昔から知られていたが尿酸塩結晶が原因と特定されたのは19世紀以降だった。
医学の父ヒポクラテスは痛風について体液説と6つの警句を提唱した。
体液説とは粘液か胆汁が関節に溜まって痛風になるという仮説であり、
6つの警句とは以下に示すような現代でも通用する痛風の六大原則である。

  • 去勢された男は痛風にもハゲにもならない。
  • 女性は更年期まで痛風にはならない。
  • 青年は思春期以前には痛風にならない。
  • 痛風の関節炎は40日以内に治る。
  • 関節の腫脹と疼痛には冷水がよい。
  • 痛風は春、秋に起きやすい。

紀元後にはガレンが三つの要素を新しい原因として提唱した。
この原因とは「放蕩」「不摂生」「遺伝的素質」である。
そして悪い体液を取り除くために下剤と瀉血を推奨した。

※ガレン[130-200]=ヒポクラテス以後医学の権威。

中世になるとパラケルススがヒポクラテスの体液説を否定。
関節に沈着した酒石が塩分と混ざることで痛風になると主張した。

※パラケルスス[1493-1541]=「医学界のルター」と呼ばれる医化学の祖。

17世紀にはトーマス・サイデンハムが自分の痛風症状に関する正確な記述を残し、
同じ頃レーベンフッケが顕微鏡を使って痛風結節の中に尿酸塩結晶を検出した。

1776年にはスウェーデンの薬剤師シェーレが尿路結石から尿酸を分離。
1797年にはウォラストンが痛風結節を尿酸塩結晶だと提唱。
そして1848年にガロドが血中に尿酸が増加していることをついに証明した。

その後も研究はさらに進み、1869年にはミーシャーが核酸を発見。
続いて弟弟子のコッセルが核酸を分解してアデニン・グアニンを確認。
それをもとにフィッシャーが有機化学の立場から核酸と尿酸の関係を決定した。

20世紀初頭になるとフォリンをはじめとして尿酸測定法が相次いで工夫され、
1960年にはマッカーティーとホランダーが尿酸塩結晶で急性関節炎が起きる事を証明した。

1) Palmer DG, Highton J, Hessian PA : Development of the gout tophus. An hypothesis. Am J Clin Pathol 91 : 190-195,1989.
genin/msu.txt · 最終更新: 2015/10/22 01:16 by kamiwiki